熊野純彦『戦後思想の一断面 哲学者廣松渉の軌跡』ナカニシヤ出版、2004年。戦後思想の一断面―哲学者廣松渉の軌跡作者: 熊野純彦出版社/メーカー: ナカニシヤ出版発売日: 2004/04メディア: 単行本 クリック: 3回この商品を含むブログ (16件) を見る

 人から薦められた一冊。高名な哲学者である、廣松渉の評伝。
 
 彼は活動家としても、ばりばりやっていて、その手のエピソードも収録されている。高校の時の朝鮮戦争への対抗闘争。東京学芸大時代のリンチ事件。ボル選のこと。「国民的科学」を創出しようとする動き(国民的歴史学運動もその一部)、などなど。この手の話がメインかと誤解していたのですが、実はそれ一部にすぎず、ほとんどは廣松の理論の紹介でした。俺に薦めた人は、理論の話なんか、一つもしなかったぞ!!
 つーわけで、はからずしも廣松理論の概説を読むことに。


 廣松さんは超有名人であり、名前はもちろん知っていました。が、廣松訳の『ドイツ・イデオロギー岩波文庫版は読んだけれども、主著の『世界の共同主観的存在構造』は持っているけど眺めただけという始末。文章がともかく難しくて、とっつきにくいなということで敬遠しておりました。

 で、今回も結構文章が難しかったし、話の前提もわからないことが多かった。正直、ちゃんと理解できたとは言えないな(;´_`;)。

 ま、唯一、分かったつもりになったことを、恥さらしのメモとして記す。

 廣松の中心テーマは、「疎外論批判から物象化論へ」*1「世界の共同主観的存在構造」であり、幾多の論考はその変奏として紡がれるということ*2
 「疎外論批判」とは、初期マルクスの持つ疎外論は、後期マルクスでは捨てられたというお話。「疎外」とは、フォイエルバッハ発の概念で、完全体の人間が、その一部を外部に出す(=疎外)してしまっているという話*3マルクス疎外論は、具体的な労働が、市場を通じて、商品価値に転化した抽象的労働となったことを指す。ただし、廣松によると、後期マルクス疎外論を採用してはいない。すなわち、ひとたび労働の抽象化=商品価値が生成されたならば、商品価値と労働価値が共存することはありえず、商品価値しか存在しないのだ、と。
 この構造を支えているのが、共同主観的というお話であって、なんかの事物と人間が関係した時、人はそれを純粋な主観としては認知することは出来ず、社会に共有されている共同主観的な何かを媒介にしてしか認知できない。すなわち、しこしこと極私的に具体的労働をして、生産物を生み出したとしても、市場社会に生きている人間が目にする限り、それは労働価値的な生産物としては現れず、商品価値的な生産物として現れるということ。このような共同主観的存在構造がいかなる社会的関係から生み出されるのかを見ないといけないという話らしい。

 簡単に整理しようとして、失敗したが、私の理解から、例を書くとすると、
 寒いし、貧乏だし、暇だからと言って、自分のためにマフラーを編むとする。それは自分の使用価値としてのみ、存在するように見えるが、実は作った当人にとっても、それを見る他人にしても、他人様がこれをいくらぐらいのものに相当するかという予見を生じさせ、ゆえに商品価値¥****として、現れてしまうのだ、というお話。

 いいのかな。これで。
 
 だとすると、廣松にとって、マルクス経済学の労働価値説は成り立たないものだったのでしょうか? うーむ。わからん。わからんことばかりだ。とほほ。

 本自体は、時代の雰囲気や著作の意義付けを、比較的わかりやすくやってくれている(?)ものとして、面白いのではないでしょうか。でも、もう少しわかりやすくしてくれると嬉しいなぁ。『寝ながら学べる廣松渉』というか。その伝でいくと、私は「寝ながらしか学べない人間」として、「安楽椅子読書」しか出来ないものとなってしまうのか。うぎゃー。

★★★★☆。

*1:いいまとめがあったので、メモっておこう。

物象化とは、後年の整理によりながら、とりあえず現象的に規定しておくならば、「人と人との社会的関係(この関係には事物的契機も媒介的・被媒介的に介在している)が、"物と物との関係"ないし"物の具えている性質"ないしはまた"自立的な物象"の層で現象する事態」のことであり、さしあたりは「人と人との関係が物的な関係・性質・成態の相で現象する事態」のことなのである(『物象化論の構図』『著作集』第13巻、101頁)。

*2:こちらの書評では、共同主観的存在構造に代表される廣松の思想が、他者・外部なぞを欠いていると批判されているのに対し、著者は、むしろそれらの思想が廣松の原動力であり、作り上げた体系を実践からの危機に照らすものとして、評価しているのだとあります。確かにそう展開していたけど、熊野さんの筆致はそのへんで大分鈍かったような気もします。印象論ですが。

*3:ドラゴンボールのセルか。はたまた、魔王ダンテ(ISBN:4063490955)か