林真理子『美食倶楽部』文春文庫、1989年(ISBN:4163091807)。

 『ルンルンを買っておうちへ帰ろう』をはじめ、何冊か林真理子のエッセイは読んだのだけど、小説の方は、は読んだことがなかった。
 理由は二つ。
 一つめの理由は、まわりの人間に、「林真理子は小説よりエッセイのほうが面白いよ」と吹き込まれていたこと。
 二つめの理由は、齋藤美奈子が『L文学完全読本』でその先駆的存在として言及していたり、あるいは現在隆盛を極める女性エッセイストの始祖として語られていたり、はたまた西原理恵子なぞに通じるような露悪的自己言及の創始者的存在として語られていたり、といった様々な神話を重苦しく感じたため。いや、そういう「導き」ってあると入りやすいけど、ここまで大仰にいわれると逆に身構えるというか。

 でまあ、読んだわけですが、第一印象。ともかく文章が巧い。1〜2頁読んだだけで、圧倒的な文章力を感じさせる。なかなかこんな人、いないよなぁ。というわけで、寝しなに短編を一本ぐらい読もうと思って、読み始めたのですが、あっというまに一冊読み通してしまいました。

 この本は、ある程度の地位なり幸せ(結婚?)を得た女性が感じるコンプレックスを題材にした物。元モデルのグルメ女マネージャーのデブ化と男の関係を描く表題作をはじめ、三つの短編(というか、二つの短編と一つの中編)を収録。
 林真理子と言えば、女心の描写だぜ、みたいな話を見かけるように思いますが、状況描写の素晴らしさに感じ入りました。たとえば、表題作はこんな出だしで始まります。

 ふぐの白子は、うっすらと焦げ目がついていた。
 内部の充実が、ぷっくりとはちきれそうな皮にあらわれている。箸でちぎると、待ちかまえていたように、乳色のねばっこい液体がどろりと流れ出す。それが皿に落ちるのが惜しくて、祥子はすぐさま舌の上にのせた。

 私は、この描写でかなりぐぐぐとやられた感じ。
 ただ読んだ後にあんまり何も残らない感じ。面白く読めて、あとさっぱりというのは、逆に理想なのかもしれませんが。
 短編だからなのかな? こりゃ、長編も読んでみたくなりました、よ。 
 ★★★★☆。