佐藤優『国家の罠』新潮社、2005年。国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて作者: 佐藤優出版社/メーカー: 新潮社発売日: 2005/03/26メディア: 単行本購入: 20人 クリック: 283回この商品を含むブログ (322件) を見る
鈴木宗男関連の疑惑で捕まった、いわゆる外務省のラスプーチン、佐藤優が疑惑に答えた(?)一冊。
日露外交の推移から、立件された疑惑とはどのようなものだったか。取り調べの様子などをかなり詳しく書いている。
著者は一審判決で執行猶予がついたけど、上告したので、いまだ公判中。というわけで、裁判で争っている事実など、全部が全部本当の事を書けるわけではないだろう、というか、嘘くさいところも多々見られる。ただ、いろんな材料や著者の推論が全体として非常に整合的な、破綻の見えない筋道にまとめあげられている。こいつ、頭いいなぁ。という印象を受ける。
鈴木宗男疑惑を語りながら、日本の行く末について語っている部分が評判を呼んでいるようなので、簡単に整理。
1. 日本の外交
冷戦期 東と西 日本はアメリカべったりしかありえず
↓
冷戦後 三つの選択肢。
A アメリカべったり
B 中国擦り寄り
C 地政学アプローチ(日・露が提携し、アメリカとともに中国の牽制)
冷戦期は日本外交は大方針についてはお悩み不要だったわけですが、冷戦後にどうするかについて、三つの潮流があった、と。それが上のA、B、C。で、鈴木宗男、佐藤優はCの立場。田中真紀子は一応Bの立場にいた。それが結局のところ、アメリカべったりのA(軍事的、国際政治的なアメリカの優越はしばらく続くのだから、アメリカとだけつきあっておけばなんとかなる)に変わったと。ムネオ、マキコの切り捨てはこのような大方針の決定と絡んだものである。
国民の国際的態度というか、ナショナル・アイデンティティの変化。
国際協調的愛国主義(パトリオティズム)から、排外的ナショナリズムへ。
*ちなみに、愛国主義とナショナリズムをこのように対抗的図式で整理する議論はちらほらとみかけるけど、本来的な語義や社会科学的な分析として、このような図式が成立するかは、異論は丼3杯はあるところだと思う。まあ、いいたいことはよくわかるけど。
3. ケインズ型傾斜配分社会 から ハイエク型傾斜配分社会へ。
今の新自由主義の「改革」を一言で切っていて、すがすがしい。富める者を作り出せば、結果として底辺の底上げもされるという考えに。
ゆえに、どぶ板政治家・ムネオは消される運命にあったのだ、と。橋本龍太郎、野中広務など経世会の没落もこの文脈で読み取れる。
以上、三つのポイントで。さらに、佐藤は、ハイエク型傾斜配分社会は自立的個を前提とするものであって、排外的ナショナリズムによる国家の枠組(ヘーゲル的有機体、だって!)と、共存しうるものなのか、と疑問を投げかけている。
というわけで、こういう日本社会の大転換にあって、その転換を象徴的に示すための、国策操作として、ムネオと佐藤氏は槍玉にあげられたのだ、としている。
後半部分の取り調べの記述では、検事が佐藤氏に直接それを明言したということになっているけど…。ちょっと信じがたいような。
以上のような大枠は、現在の社会状況とかなり適合的な論で、強い説得力を持つと思う。
ただ大枠の話以外でも、外務省の派閥争いの話や、ロシアでの情報活動の話など細部も楽しい。佐藤氏は言ってみればスパイなわけで(検事に佐藤氏の仕事を理解するための参考書として、ウォルフガング・ロッツ(朝河伸英 訳)『スパイのためのハンドブック』(ハヤカワ文庫、1982年)をあげていたりする!!)、外務省の現役スパイは何をしていたのか、という興味でも読める。
つーわけで、いろんな楽しみ方がある本著。間違いなく、大当たりの一冊だ。
★★★★★