梅汝敖の経歴

 映画「東京裁判」の主人公・梅汝敖ですが、日本語のネットを探しても経歴とかが見つからなかったので、中国語のサイト(http://www.sjzdaily.com.cn/yanzhao/2006-08/13/content_818529.htm)で見かけた経歴を訳しておきます。

梅汝敖(1904−1973)男。著名な法学者。江西南昌人。

 1920年代に清華学校(清華大学の前身)に入学した。24年に卒業後アメリカへ留学し、26年にスタンフォード大学を卒業、28年にシカゴ大学の法学博士を取得している。

 29年に帰国後、山西大学・南開大学・武漢大学・復旦大学・西南連合大学・中国政治学校などで教鞭をとった。中国国民政府内政部参事兼行政訴訟委員会委員・中国立法院立法委員・渉外立法委員会主任委員・外交委員会代理委員長・国防最高委員会専門委員などを歴任した。また中山文化教育館編訳部主任・「時事類編」半月刊主編の職についた。

 46年から48年は東京にて、極東国際軍事裁判の判事を担当し、日本戦犯の審理に参加した。二年半の在職期間に、審理は818回もの多きに及んだが、梅汝敖は筋を通し節度を守り、法律の原則を守り続けた。そして祖国の尊厳と人民の利益を守り、世界の賞賛と尊重を得、任務を全うした。

 建国後、中華人民共和国外交部法律顧問・外交学会常務理事・中国法学会理事・世界平和理事会理事などの職を担った。54年には全国人民代表大会代表に当選し、人民常委会法案委員会委員を勤めた。また第三回・第四回政協委員となった。

 73年に逝去、享年69歳であった。



 梅汝敖(1904—1973):男,著名法学家,江西南昌人。上世纪20年代在清华学校(清华大学前身)学习。1924年毕业后,赴美留学。1926年毕业于美国斯坦福大学,1928年获芝加哥大学法学博士学位。

1929年回国,先后任教于山西大学、南开大学、武汉大学、以及复旦大学、西南联合大学、中央政治学校等。曾任中国国民政府内政部参事兼行政诉讼院委员会委员、中国立法院立法委员、涉外立法委员会主任委员、外交委员会代理委员长、国防最高委员会专门委员等职及中山文化教育馆编译部主任及《时事类编》半月刊主编等。

1946年至1948年赴东京,任远东国际军事法庭法官,参与审判日本战犯。在历时两年半,开庭818次的漫长过程中,梅先生有理有节,始终坚持法律原则,维护了祖国的尊严和人民的利益,赢得了世界的赞赏与尊重,出色地完成了任务。

建国后,担任中华人民共和国外交部法律顾问、外交学会常务理事、中国法学会理事、世界和平理事会理事等职。1954年当选全国人民代表大会代表、人大常委会法案委员会委员,曾任第三届、第四届政协委员。

1973年与世长辞,享年69岁。